会いたくない人

今日、梅田の駅で、この世で一番会いたくない人とすれちがった。東京にいったと聞いて安心しきっていたから、最初まさかと思ったのだけれど、あの顔付き、あの異様な雰囲気、やつだと思った。足早に通り過ぎて、正直動揺を隠すので精一杯だった。

もう十年くらい前のことになる。当時私には好きな女があって、コンサートにいった帰りだったかな、駅で口説いてたんだけど、到着した電車、私たちの目の前にある扉が開いたそこにいたのがやつだった。先輩、と話しかけてくる彼女に、今この人を口説いているところだからじゃあね、といったが、一方的に話を続けられて、そして、これからが最悪だった。

私と私の好きになった相手、両方に関与してくるようになった。悪いことに、印象こそ変わった人というものだが、特に悪い人間に見えない。それで気を許すと駄目なのだ。ぐいぐいと生活にまで入り込もうとしてくる。それで、結果だけいうと、私たちの関係はずたずたになって、私はやつもろとも彼女を受け入れるか、それとも好きになった彼女ごと関係を断つか、数ヶ月の間、悩んで悩んで、悩んだ末に、もう会わないと決めたのだった。

半年後くらいだったか、貸していた本を返してもらう時に、やつのその後について聞いた。いや違う。やつが私の当時のバイト先に顔を出して、一方的に話していったんだ。彼女とは大学が一緒だったんだが、教員に執着して付き纏いに近いことをして、精神的に参らせたという過去を持っている。その教員に対する罵倒を聞かされ、そして東京で演劇を学んでいる、その先生がどれほどに素晴しいか延々と語って、それはたいへんに苦痛な時間だったが、しかしこの人が東京という物理的に遠い土地にいってくれるならどれほどよいだろう。そう思っていたのだった。

それが、帰ってきているのか。雰囲気は、より危険さを増して、と思ったのは私の過剰な恐怖心のためかも知れない。情けないことだが、私はあの出来事から、まだ立ち直ったとはいえない状況なのだよ。人を好きになることとか、わからなくなってしまった。やつの残した跡は、それほどに深かったのだと思う。つくづく情けないことではあるのだが。